「桃が5個あります。3個もらうと全部で何個になりますか」という、一見簡単そうで解答に困る算数の文章題がTwitterで話題となっています。桃がどこから誰へ移動しているのか、文章が不明瞭でどうとでも解釈できてしまう。

【その他の画像】同じドリルの別の問題

 この問題、自分が5個持っているところに、さらに3個もらったとして、「5+3=8」で「桃は全部で8個」と答えさせたいように見えます。しかし、どこかに5個ある桃を3個取ったとすれば、もともとの桃は5-3で2個になるとも読めます。文章としては「どこかから3個もらったのだから、手元にある桃は全部で3個」「5個あるうちの3個が移動しようと、桃は全部で5個」といった解釈もでき、考えるほどに正解が分からなくなってきます。

 問題文は投稿主のゆき乃さんが、小学1年生の息子さんと解いたドリルを紹介したもの。息子さんは「もともと5個ある桃は誰のなの?」と困惑しながら、どこかに5個ある桃から3個もらったと解釈し、「5-3=2」と式を立てました。正解とも不正解とも判断できない解答に、ゆき乃さんも「桃はどこに5個あって、誰がどこから3個もらったの?」と考え込んでしまいます。

 このドリルには、「おはじきが7個あります。3個あげると、残りは何個ですか」という問題もありました。これならば「7個あるものを誰かに3個あげた“残り”」を求めるのだから、「7-3=4」が正解と分かりやすいように思えます。

 投稿主は一連の設問に対し、「『主語は常に自分』として、『残りは何個』と聞くものは引き算で解き、『全部で何個』と聞くものは足し算で解くといったルールがあるのだろう」と推測。実際、高校生の娘さんに意見を求めたところ、「“全部で”とあるから足し算に決まってる」と即答されたそうです。それでも、その「決まってる」は出題者への忖度(そんたく)なのでは? と、疑問を投げかけています。

 ツイートには、「問題の文章がおかしいのだから、足し算しても引き算しても正解とすべき」「『桃を5個持っています。“もう”3個もらうと~』ならまだ分かるのに」など、どうとでもとれる問題文への批判が多数。「文が簡素化されすぎていてストーリー性がなく、文章題である意味がない」という意見もありました。また、「“全部で”と聞かれているのだから足し算。そういうものだと割り切るよう教えられた」といった報告も散見されます。

 ゆき乃さんは息子さんの疑問をきちんと認めたうえで、学校で学ぶ「算数」のルールについて「覚えてしまおう」と教えることに。そして「これは一種の処世術のように思いました」と述べています。

写真には赤でチェックマークが入っていますが、これは学校の先生に誤答と判定されたわけではなく、ゆき乃さんが「一緒に考えよう」という意味で入れたものだそうです


(出典 news.nicovideo.jp)


<このニュースへのネットの反応>

で、正解は?


処世術って言葉がしっくりくるな。これが学校の入試や授業だったら、「出題ミス、どっちも正解とします」だけど、入社試験や上司との会話だったら「うるせえ、屁理屈言うな。足し算に決まってるだろバカ」だ。


>出題者への忖度(そんたく)なのでは?  そうそう…算数でこうなることは少ないけど、国語とか完全に、「出題者(先生)のクセや気に入る答えを想像する」ものが多いよね…「他者の気持ちを考える練習」と思えば意味はあるかもしれないけど、時々すごく理不尽に不正解になるのがねぇ…


文系と理系で答えが割れるやつ この場合どっちも正解にしないといけない問題の文章がおかしいからな


問題の冒頭に「桃が5個あります」とあるから、貰おうと貰わなかろうと桃の数は“全部で5個”じゃないのかな?


猫がリンゴをくわえて行きました。何個になったでしょうってクイズみたい


この問題文書いた出題者もそうだが、いつぞやも文章問題を掛け算式で解いて「まだ教えてないから」て理由で✕にされた話もあったな。さいきん出題側の頭がバカになってないかと。


これをテクニックとして塾とかで教えていろいろ差別化を図っていくわけだね?闇だね?


受験生ご用達の青チャート式の本の冒頭かなんかで、「勉強ができるようになるのに一番必要なのは先ず国語力」とか書いてあったような気がするが、本当にこれだな。回答者もそうだが、それ以前に出題者が国語成ってないと問題のキャッチボールもできなくなる。


>>ふたりめのこうかい こういうことを気にしない上司って絶対いつか伝達のミスで大変なことになるぜ。そんな泥船同然の上司に出会っちまった部下はガチャでいうならハズレ引いたも同然だなwついでにいうと、そんな*でも生き残れるどころか上司になれちゃう昭和~平成初期の時代ってなんだかんだでチョロイんですね^^


まあ問題としては失格だな。普通に答えは8だと思うが


五個あるとこから三個もらったから全部で(自分が所有しているのは)三個って考えてしまった


先生の意図を教えてくださいが答えかもしれないが、とりあえず 8と書いておこう


小学一年生向けの問題は小学一年生の読解力を想定しているのでしょう。足し算習う頃はひらがなを習っているような時期なのだろうから、必要十分な文章で問えばよいというものでもないかと。


純度100%の出題ミス


足し算か引き算かわざと迷わせ考えさせる事を目的の問題だというなら良いけど、そうじゃないなら只の欠陥問題回答者が理解しているだろうという思い込みで作られたとしか思えない、


そう、あの3個さえ無ければこんな惨劇は起きなかったんだ・・・。この10人の遭難者に8つの桃、もうほかに食料もない・・・。答えは生存者0人、腐り爛れた桃が8個です。


問題文の主語・述語・目的語を明確にしない限り答えはいくらでも作れそう。出題者の*発見器と化した試験。


>エルモコヲタさん言葉足らずの説明かもしれませんが、桃が5個「誰が」持っているか表記されてない為、『貰う人が5個持っていた』のか『あげる人が5個持っていた』のか判断が難しいのです。更に「全部」の範囲が『貰った人の所持数』なのか『あげた人の所持数』なのか、はたまた『貰った人とあげた人の所持数』なのかが分からないため、この時点で正解が6つ存在しています。


画像の中心をよく見ると涙の乾いた後があるな。わかるよ、俺も泣きながら算数やってた


命… 夢… 桃… どこから来て どこへ行く?そんなものは… このわたしが破壊する!!


これ算数の問題じゃなくて国語の問題じゃない?


「引き算をまだ教えていないので足し算しか出しません」という前提でも無ければ、ただの説明不足のクソ問題文だろ。これを理不尽な採点側の解釈の差(というかただの運)でバツ付けられたら理解どころかさんすう嫌いにされかねんよ。


問題を作る側の教養レベルが低下してるんだろうな。


小1であることを考慮するなら、普通に答えは5-3=2だろ。8とか言ってる奴はなんなんだ


>ada 「桃が5個あります。3個もらうと全部で何個になりますか」 この「3個」は必ずしも「桃」のこととは限らないよね?たとえば、出題者のポケットの中に忍ばせているコンドームの個数のことかもしれないぞ。つまり、目的語が明示されていないので回答は無限にある。


>adaさん 僕は“書いてないことは考えない”で、桃が5個あるのなら誰が何をしようと桃の総数(全ての数)は5個、って思ったんだ。書いてないことを勝手に想像しても意味ないからね。


桃5個持ってる人から3個自分が貰ったって深読みすると見えるから混乱するな。足し算だなと最初は書いて8にするけど、読み直したらあれってなる。自分は最初から5個持ってる上で3個貰ったってしてくれれば足し算って分かるんだが


6つとは言っても数式上は同じになるものがあるため、実際は『5+3』『0+3』『5-3』『0-3』の4つになります。しかし小学生1年生がマイナスを教えてもらっているとは思えないので『5+3』『5-3』に絞られます。後は今勉強しているのが引き算か足し算かで予測することは可能です。


エルモコヲタさんなるほど、そうでしたか。エルモさんを批判したかった訳ではないので気分を悪くしたなら本当にすみません。


引っ掛け問題かと思ったらただの出題ミスだったw


この問題作ったやつは日本語が不自由なんですかねぇ


>ぬこさん そういう事が言いたかったんです...言葉足らずでコメントを見てる人にうまく伝わらせる事が出来なくて申し訳ない...。説明しようとした自分が説明不足とか、この問題と一緒じゃないか...


>adaさん 謝罪なんて、とんでもないです。僕は何も気にしてないの全然大丈夫ですよ!


ケツでしょ。


所有権が移動しただけで桃が無くなったわけじゃないから、結局は5個のままとも考えられるような


せっかく食い物を例にしてるをだから、8個の桃を5個食べたら残りはいくつ?みたいに書けばいいのにね。出題側の日本語が不自由だと生徒は大変だw


(あなたの手元には)桃が5個あります。(あなたが桃を)3個もらうと(あなたが持っている桃は)全部で何個になりますか


>エルモコヲタさん 優しい言葉をくださり、ありがとうございます...!


桃だから答えは「とう」だろw

想像力がつくね